カウンセリングについて

 私が勤務しているクリニックの患者さんから、「カウンセリングって何をするんですか?」とご質問をいただくことがよくあります。中には、「つまらない私の話なんか聞かされて、カウンセラーさんが迷惑なんじゃないですか」とか、「マインドコントロールされ、人格を変えられてしまいそうで怖い」と言われる方までいて、驚いたこともあります。
 人は特に心が弱っている時、不安やマイナス思考が強まる傾向があるので、実際にカウンセリングルームの中で何が行われているかわからないと、こうした極端なイメージを抱かれても仕方がないかもしれません。
 いずれにしても、カウンセリングに興味はあるけど、実際に受けるのは抵抗があるという方は、少なからずいらっしゃるのではないでしょうか。
 そこで、カウンセリングとはどういうものなのかについて、紹介していきたいと思います。

 尚、巷では、「精神療法」「心理療法」「サイコセラピー」等、さまざまな名称が散見されます。臨床心理士、公認心理師が、主に対話形式で患者さんの症状の改善を目指して行う療法を総称して、「カウンセリング」と呼ぶことにし、カウンセリングを実施する臨床心理士、公認心理師といった専門家を「カウンセラー」、カウンセリングの依頼者を「クライエント」と呼ぶことにします。

 カウンセリングを極めてシンプルに定義してしまうと、「カウンセラーとクライエントが対話を重ねながら、クライエントの悩みになんらかの好ましい変化を与えようとする試み」ということになるかもしれません。つまり、「対話」といっても、ただ単にカウンセラーがうんうんと頷いてクライエントの悩みを聴いているだけではなく、「好ましい変化を与える」という明確な目的に沿ってコミュニケーションを図るということになります。
 そして、そうした目的を持ったカウンセリングに臨むカウンセラーの基本姿勢というものを、下記に列挙してみます。

  • クライエントが自然に躊躇なく自分を語れるよう、積極的な姿勢で耳を傾け、クライエントの心境や悩みをそのまま受け入れ理解する。
  • 一方で、カウンセラーは意図的にクライエントの話を引き出したり、不必要に話を深めたり、つらい体験を無理に思い出させない。話したくなければ、話さなくてもいいことを保証する。
  • クライエントと協力して繰り返し問題点を整理し、問題が生じ、維持されているメカニズムをクライエント自身が把握できるよう「気づき」を促す。
  • カウンセラーの人生観や価値観を押し付けない範囲で、必要に応じて日常生活のアドバイスやメンタルヘルスに関する教育を行う。

 「好ましい変化」であったとしても、「変化」には痛みが伴うことがあります。変化を促すには、悩みという苦痛をつくり出している当の部分に触れなければならなくなるからです。上述したカウンセラーの基本姿勢は、痛みによって変化の意欲が低下しないようクライエントを支えながら、クライエント自身が問題に向き合えるための工夫と言えるかもしれません。

参考文献:
大野裕『保健、医療、福祉、教育にいかす 簡易型認知行動療法実践マニュアル』きずな出版、2018
笠原嘉『精神科における予診・初診・初期治療』星和書店、2007
滝川一廣「精神療法とはなにか」in『治療のテルモピュライ―中井久夫の仕事を考え直す―』星和書店、1998
東畑開人『居るのはつらいよ ケアとセラピーについての覚書』医学書院、2019
光元和憲『内省心理療法入門』山王出版、1997

 カウンセリングの際に、クライエントが話したいと思うことについてはどんなことであっても、躊躇なく安心してカウンセラーに話せるように、カウンセラーにはクライエントの個人情報を外部に漏らさないという守秘義務が課せられています。

 臨床心理士は、財団法人日本臨床心理士資格認定協会の試験に合格した者がなりますが、協会の倫理綱領には、〈秘密保持〉第3条として、「臨床業務従事中に知り得た事項に関しては、専門家としての判断のもとに必要と認めた以外の内容を他に漏らしてはならない」と明記されています。
 また、2018年から国家資格として認定が開始された公認心理師のための公認心理師法においては、第四十一条(秘密保持義務)として、「公認心理師は、正当な理由がなく、その業務に関して知り得た人の秘密を漏らしてはならない。公認心理師でなくなった後においても、同様とする」と規定されています。さらに、この秘密保持義務に違反した場合は、「1年以下の懲役又は30万円以下の罰金に処せられると同時に、公認心理師としての登録が取り消されてしまうことがある」という、厳しい罰則が設けられています。

 ところで、臨床心理士や公認心理師に課せられた守秘義務には例外があります。これらの条文の「専門家としての判断のもとに必要と認めた以外の内容」とか「正当な理由がなく」といった表現は、クライエントの秘密が漏らされる、あるいは開示される状況があることを示唆しています。一般的には下記のような状況が考えられています。

  1. 自殺企図や自殺の可能性が高い場合。
  2. クライエントが、子どもや老人など、自分より弱い立場の人間を虐待したりしている場合。
  3. 殺人など暴力的犯罪の危険性が高い場合。

 上記のような例外的状況においても、事前になぜ秘密を開示するかをクライエントに説明し、それについてクライエントと話し合うことが、カウンセラーの基本的姿勢となっています。

 「カウンセリングって本当に役に立つの?」「カウンセリングの効果ってどの程度なの?」「カウンセリングで症状が悪化することはないの?」…。これらは、カウンセリングの有効性について誰もが抱く、素朴で切実な疑問ではないでしょうか。

 こうした問いに対して、カウンセラーが「もちろん、カウンセリングはとても役に立ちますよ」と答えるだけでは、情報として説得力がありませんよね。なぜなら、その効果を裏づける具体的なエビデンスを示すことによってはじめて、信頼性の高い情報になると考えられるからです。

 そこで、カウンセリングの技法の一つである認知療法(認知行動療法)の効果を実証した研究を一つご紹介します。その研究論文は、『中度から重度のうつに対する治療としての認知療法と薬物療法との効果の比較』1と題され、2005年、アメリカの精神医学専門誌『Archives of General Psychiatry』で発表されました。
 下記に研究の概要を記します。

目的
うつ病患者に対する薬物療法、認知療法、プラセボの治療効果を比較検証する。
対象
中度から重度のうつ病と診断された、18~70歳(男女比:4対6)の患者240名。
場所
ペンシルバニア大学とヴァンダービルト大学
設定
患者を、①抗うつ薬で治療するグループ(120名)、②認知療法を実施するグループ(60名)、③偽薬を投与されるプラセボグループ(60名)にランダムに振り分け。
治療期間
薬物療法グループと認知療法グループが16週間、プラセボグループが8週間。 比較のための測定尺度:HDRS(ハミルトンうつ病評価尺度)2

 次に結果です。
 治療開始から8週間の時点で、治療反応率3は薬物療法グループが50%、認知療法グループが43%、プラセボグループが25%でした。つまり、8週間の時点で、認知療法は薬物療法と同様に、うつ病症状の改善率が高かったことが分かったのです。
 さらに、16週目の治療反応率は、認知療法も薬物療法も58%という同じ結果になりました。
 ただし、うつ病評価尺度の得点が正常範囲内(7点以下)へと移行した寛解率は、薬物療法グループが46%、認知療法グループは40%という結果でした。しかし、論文の著者たちは、こうした寛解率の違いは、認知療法を行ったカウンセラーの経験の差によるものだと考察しています。そして、認知療法を熟知したカウンセラーであれば、軽度だけでなく、重度のうつ病患者に対しても、薬物療法同様の効果が期待できると結論づけています。

 認知行動療法に関しては、欧米で多くの治療効果研究が発表されていますが、日本での研究については、例えば、東京大学総合文化研究科、丹野義彦教授のHP4にある『認知行動療法への3つの誤解 ―エビデンスを上げて反論する―』等で知ることができます。

 また、認知行動療法以外の技法も含む、カウンセリング全体の効果研究に関しては、『エビデンスにもとづくカウンセリング効果の研究-クライアントにとって何が最も役に立つのか』(ミック・クーパー著、岩崎学術出版)で、さまざまな研究知見が紹介されています。
 ちなみに、著者は重要な研究知見のまとめとして、「総じて心理的セラピーは、人々の精神的健康と福祉に対して肯定的な効果をもつという明白なエビデンスが存在する」「カウンセリングやサイコセラピーを受ける10人中8人近くが、受けない人の平均よりも大きく改善する」と述べています。

 さて、ここまで読まれて、「今飲んでいる薬はすぐにやめてカウンセリングに切り替えたい」と思われた方もいらっしゃるかもしれません。しかし、早合点は禁物です。
 この文章の主旨は、一般に考えられている以上にカウンセリングには実質的な効果があるということをお伝えすることであり、カウンセリングが薬物療法に取って代わると主張しているわけではありません。
 例えば、2016年に改訂された「日本うつ病学会治療ガイドライン」5では、中等症例以上のうつ病では、薬物療法が第一推奨治療となっています。
 いずれにしても、最も大切なことは、カウンセラーがクライエントに対し、それぞれの治療法のメリット、デメリットを呈示し、クライエントが「安心・満足・そして納得する」治療方針を共に決定していくことであると考えています。6

  1. DeRubeis RJ, Hollon SD, Amsterdam JD, et al. Cognitive Therapy vs Medications in the Treatment of Moderate to Severe Depression. Arc Gen Psychiatry, 2005; 62: 409-416.
    下記サイトにて原文のフルテキストを読むことができます。
    https://www.researchgate.net/publication/7927686_Cognitive_Therapy_vs_Medications_in_the_Treatment_of_Moderate_to_Severe_Depression
  2. 質問の項目は、「抑うつ気分」「罪責感」「自殺」等、17項目で、評価の基準は0~7点=正常、8-13点=軽症、14-18点=中等、19-22点=重症、23点以上=最重症となっています。
  3. 症状が50%以上軽減した患者数の割合。この研究では、研究開始時のHDRSの平均点数が23.4点であったため、得点が12点以下の患者数の割合を治療反応率とみなしています。
  4. https://tannoy.sakura.ne.jp/cbt_metaanalysis.pdf (2023.4.1 参照)
  5. 日本うつ病学会ホームページ『日本うつ病学会治療ガイドライン Ⅱ. うつ病(DSM-5)/大うつ病性障害 2016』
    https://www.secretariat.ne.jp/jsmd/iinkai/katsudou/data/20190724.pdf (2023.4.1 参照)
  6. 渡邊衡一郎『総説 精神科外来臨床における非薬物療法的アプローチの位置づけと期待―うつ病を例に―』総合病院精神医学、2013年25巻3号p.262-267.